みんな、聞いておくれん。腹が立って腹が立ってしょうがない。今日は、山とか、ロードバイクとか、そいうのと、ちょっと違った一日を過ごしたかったので、車で飯田線のとある駅に行き、そこから線路沿いの古い道を歩いた。古い道は、そこの集落の生活や、さまざまな出来事を、長い歴史の、懐かしい匂いで、伝えてくれる。10月の日差しはまだ暑いが、古い温泉宿の扉は明るく放たれ、街道のすみずみまで、夏の終わりの風が吹き抜けていた。
こんな旅をする人間は、私以外いないだろうと思っていたが、温泉宿の途中から、ザックを肩にした中年の夫婦らしき二人が前を歩きはじめた。私は、心惹かれる風景があると、カメラを取り出し撮影するので、なかなか進まない。前の二人はゆっくり歩いているが、その距離は変わらないまま、この気持ちのいい距離感がいい。集落を抜けると、寒狭川の透明な流れを傍らに歩き続ける。川床が透けて見える、向こうには山々が連なり、川床はやがて、青い空や湧き上がる白い雲のところへ上っていくようだった。
岩山を削った道を進むと、車を置いた駅から二つ目の駅に到着する。ここまで、約3時間汗だくになるわけでもなく、それでいて、じっくりと風景に向き合うことができた時間だった。ザックからボトルを出し、駅舎のベンチで風景を見上げながらじっくりとお茶を飲む。帰りの列車が来るまで、あと15分ほど、前を歩いていた二人も、列車に乗るのか、ホームのベンチで線路の向こうを見つめている。
問題はここから、さすが、日本のJR、それから15分後、時刻表どおりに、豊橋駅行きの列車がホームに滑り込んできた。当然無人駅なので、乗車切符は販売していない。こういう路線では、車内で車掌さんが簡易な切符を売ってくれる。二つ先の駅までは190円、100円玉1つと10円玉9つを握り締めて、列車に乗り込む。先頭の車両だが、車掌さんはすぐ来るだろう。しかし、車掌さんはちっとも来る気配がない。一緒に乗った二人も気にしているようだ。やがて次の駅、到着すると例の二人は降りていった。きっとホームで車掌さんがお金を徴収しているんだ。二人の姿を見送りながら、そう思った。そして、次の駅、硬貨を握り締めてホームに降りた。振り返ると車掌さんは列車の最後尾でホームを見つめている。え、来てくれないのかな。しょうがないなあと、車掌さんのほうに歩きかけたその時、ベルが鳴り、ドアが閉まりますとのアナウンスが流れた。え、ドアが閉まった。列車が動いていく、運転士も車掌さんも何もなかったようにドアを閉め、進行方向を見つめている。嘘だろ、このまま私をほっておいて、発車するのか。しかし、私の戸惑いを気にもせず、列車は走り出して、トンネルの中に消えていった。
呆然と立ち尽くしていた私
この悔しさは、何なんだろう。もしかして、190円儲かったから、いいんじゃないと思うかもしれない。でも、そうじゃないんだよ。それは190円の金額の大きさじゃない。あの若い運転士と車掌は、知っているだろうか。私が深く傷ついたことを、長い間、大人をやって、仕事やプライベートで人の心を傷つけたことも、たくさんあった。人のことを言える立場じゃないけれど
大人も折り返しになって、今は傷つきやすい年ごろ
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