2020年 12月26日 辰野~諏訪湖~松本 40㎞ 8h
辰野の町から望む空は、青く澄みわたっていた。道は天竜川とJR中央線に沿って進む。やがて、川は、その流れを緩やかにして、少し緑色の水をたたえた運河のような様相だ。
あちこちで、カワウや野がもの群れが飛び立つ、光は柔らかく、冷たい空気を少しずつ優しくしているようだった。
昨日から、グーグルマップのコースタイムから,遅れるようになっている。歩みは快調だが、今日もすでに歩き始めて2時間は経過しているが、諏訪湖の姿は見えない。やはり疲れがたまっているのだろうか。確かに、一部の筋肉に負荷がかかっているようで、昨日の最後は、背筋がかなり緊張しているのがわかった。一日、30㎞をこえる距離が影響しているのか、それとも4日分の荷物がこたえているのか。どっちにしても、もう少し鍛えなおす必要があるようだ。特にこの旅を終えた後に企画している冬山登山に向けては
やがて、中央高速とJR中央線の高架をくぐると、遠くに水門のゲートが見えてきた。諏訪湖から天竜川に水を流す、釜口水門だ。水門から勢いよく水が天竜川に流下っていた。
諏訪湖はそこにあった。陽光は湖面を輝かせ、目をつむると、風が湖水を吹きわたっている。湖は視界に収まるほどの広さで、この山々に囲まれた盆地に静かにたたずんでいた。
湖畔には、公園や遊歩道が続き、ジョギングをする老夫婦や、初々しいカップルが散策する姿があった。
遠い遠い昔、彼女はこの湖畔で私を待っていた。いつも私を待たしていた彼女がその日に限って、私の到着を早くから待っていた。私から、心が離れそうだと言った彼女、言葉を交わす前から、泣いていた彼女、私の全てをかけてきた道のりも、彼女を取り返すことはできなかった。心はもう離れていた。
あれから、40年の時が過ぎ、日本海に行きたいと、唐突に思ったときも、歩みを進めるたびに、この湖畔のことがちらついていた。心は、日本海の暗く逆巻く海を求めていても、どこか、心の片隅で、湖水をわたる風を感じていたのかもしれない。
陽光に輝く湖水の向こうに、白く輝く八ヶ岳の峰々が立ち上がる。いつも山々は、私を勇気づけてくれた。私は今、自分の歩いてきた道を、この旅で初めて、振り返っていた。ここに来るまで、いつも、前へ、前と、心は向かっていた。しかし、今、ゆったりと道を振り返り、心は軽くなっていく、そして、この湖水を後にして、塩尻峠を越える道には、新しい自分が歩いているような気がした。
けれども、塩尻峠までの道のりは、遠く、雪の積もったその峠を越えたあとの松本への距離は、絶望的に長く、娘の家の手前で、私は力尽きていた。体のあちこちが悲鳴を上げ、ぎこちない足取りで、はうように前に進んだ。すっかりと日が暮れて、車のヘッドライトが次々と家路に向かう中で、私は暗い歩道に立ちすくんで、動けないでいた。
突然、携帯が鳴った。心配した娘からだった。やがて、娘の車に収容されて、娘の家について、ドアを開けた。すると、玄関には、小さな影がぽつんと立ちすくんでいた。孫のかいり、かいりは黙って、私の顔を見つめると、そっと両手をあげ、私に近づいてきた。それは、抱っこしての合図だった。
私はかいりをだきあげると、やわらかな彼のほほに、そっと顔を当てた、心がゆっくりとほぐれていく。
かいり、じいじは、よくわからないけど、これからも歩いていく、とりあえず、次は日本海へ、海へ行こうと思うんだ。大きくなれば、じいじのこと、きっと理解できる時がくるだろう。心のままに、歩いていくこと、生きること、未来をみつめること、どんなにそれが大切だったのか
そして、明日からも、歩いていくよ、心のままに
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