旅行

ひとすじの道 ⑯

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2021年 3月6日 北小谷~糸魚川 30㎞ 5h

雪に覆われた急峻な谷間を国道が走っている。川沿いにたたずむ北小谷の朝は静かな雨の音に目覚めた朝だった。前日入りした温泉宿で、質素だが健康的な朝食を食べる。天気予報は曇りだったが、こんな複雑な地形の天気を当てるほうが難しいだろう。レーダーを見ても、断続的に雨雲が流れていく不安定な状態が続きそうだ。
待ち続けても、回復の兆しは望めないこんな日は、一刻も早く旅立つのに限る。ザックをかつぎ、傘をさして雨に中に飛び出る。雨は激しくはないが、横殴りの風と共に確実に体を濡らしていく。
今日は5時間も歩けば糸魚川だ、日本海に会う前に、この旅の清算をしなくてはいけない。この旅を振り返り、日本海に会う準備が必要なのだ。それが具体的にどういうことなのか、でも、とにかく、今のままではあの海に会えないのだ。
しぶきをあげて走り去る車たちを横目に、30分も歩いただろうか。やがて、目の前に長い長い洞門が蛇のような胴体を横たえて、谷の彼方まで続くのが見えた。雪除けの洞門だろうか。屋根には雪がびっしりと積もっている。洞門の中は谷川に広く窓があり、明るい中を歩くことができた。やがて、それがトンネルになる。トンネルは左右に大きく曲がり、地下に深く下っているようにも見える。この先にはもしかしたら、違った世界があるのかもしれない。でも、通り過ぎる車は次々と何も疑問も持たないで、トンネルに吸い込まれていった。ヘッドライトをつけて黙々と歩く。所々で、硫黄の匂いがする。硫化水素? 火山性ガスによる遭難事故のことが頭をよぎるが、警告文はどこにもなかった。問題はないだろう。
トンネルは断続的に続き、それは2時間あまりも続いていた。やがて、急峻な谷間が終わり、川幅が広くなるとトンネルは終わり、そこは横殴りの雨に煙る街道が続いていた。
登山用のズボンはたっぷりと水を吸い、登攀ヤッケも重たく感じてくる。雪原が広がる河原、川幅はどんどん広くなり、それは海の近さを予感させていた。もう、海はすぐそこだ。
けれども、やはり、今日はまだ、会えない。私の準備ができていない。この期に及んで情けない限りだが、どうしようもないのだ。
5時間かけて、糸魚川駅に到着、ずぶぬれで、駅のカフェに入る。温かいコーヒー、甘いお菓子、やがてゆっくりと固まった体がとけていく
その夜、ホテルの薄暗い部屋で、潮騒につつまれながらいつのまにか眠りについた。あせってもしょうがないのだ。明日は必ずやってくる。

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