旅行

はじまりの時

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八ヶ岳の麓に居を構えるのは長年の夢だった。その夢を共に語った妻は病を得て、二年前に他界した。
このまま一人で、生れ育ったこの土地で生きていくのだと思っていたのに、思いがけず、八ヶ岳の山麓に物件を見つけ、軽い気持ちで不動産会社に話を聞くうちに、誰も止める人がいなかったので、契約を結び、山荘を購入してしまった。
人生とはこんなものだ。夢は日々の暮らしの中で埋没し、新しい明日をつかみ損ねていたと後ろを振り返れば、突然未来は現れる。
もともと、一人では生きていけないくせに、国内外を気まぐれに旅しては、いつも妻のもとにすがるように帰っていった、弱い心。たぶん、その幸せの中では、言葉を紡げない自分がいた。けれども、一人になって、今なら、その思いを書きつけることができる。そんな気がする。
生きるということは、いつでも、あてのない放浪のようなものだ。
知らない土地や知らない街に出会い、その風景の中に心を残し、やがて埋もれていく想い。

そして今、山々や海や空や人々や、いきとしいけるもの、それら全ての輝きと、それらを見つめてきた私の思いを、ここにゆっくりと、綴っていこう。

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