旅行

ひとすじの道 ⑮

旅行

2021年 2月28日 海ノ口~北小谷 35㎞ 8h
もう2カ月近く、この道に帰ることができないでいた。
あの日、雪に降りこまれ、風景を拒絶して歩いた時間
やがて、長い冬は終わりの時を迎え、陽光は厚い雪をとかし、今、風景は春を迎える準備を始めているようだった。
私は再び歩き始めた。理由もない、歩くことへの衝動と憧れで、心はいっぱいになっていた。
そして、今日、もう一度、風景に巡りあうために、再び海ノ口から歩き始める。
木崎湖を後に、街道を進む、しばらく緩やかな坂をたどると、小さな湿原のような中綱湖が見えた。所々に雪はまだ残っており、木々はまだ眠っていた。
時折、雪が舞い、時折日差しが降り注ぐ、このせめぎあう季節の中を、風景に分け入るようにゆっくりと進んでいく。やがて青木湖の湖畔を進んでいると、湖畔の民宿の庭に日本海まで52kmの看板を見つけた。自分の手の届く距離に日本海がある。ずっと先だと思っていた日本海との出会いが、現実のものとなりそうなことに、少しとまどっている自分がいた。もうすぐ、この旅は終わってしまうのか、長い長い我慢の後に、突然訪れた終わりという言葉、けれども、今はもう少し、歩くことに集中しよう。
青木湖をこえると、目の前には白馬村の山に囲まれた盆地が続いていた。
一面の雪原に雲の影が流れていく、太陽の下では汗ばむくらいの街道も雲の影に覆われると、いっきに温度が下がっていく。
ここにはまだ、冬が残っているようだった、見上げると山肌に続くスキー場は雪をたっぷりと身にまとい、その尾根には雪煙が舞っているのが見えた。
ずーとずーと昔、あの尾根で、突風に雪煙が舞う中、滑落と低温の危うさの中、汗だくになりながらも、深雪にいどんでいた。賞賛も評価もない、形のあるものはなにもない世界、分かち合えない想いは、やがて崇高な記憶に昇華した。そして、それは自分が自分らしく真剣に生きた数少ない時間だった。
やがて、街道は白馬村を過ぎ、新潟の山々に囲まれた、狭い谷間をたどっていく、小谷村は川に沿った小さな集落が島々のように続き、雪解けの水にあふれていた。北小谷駅の駅舎にたどり着いて、ザックの中のビールを飲み干すと、少し震えがきた。帰りの大糸線の車内で、温かいヒーターに守られると、私はゆっくりと夢に中に沈んでいった。

 

 

 

 

心は

あなたが生きていた頃
ここでは
昔からの季節がめぐり
花は、四季それぞれに
この部屋を照らしていた

やがて、季節のない家に私は生きて
それでも、なお
懸命にドアをあけて
風景を、変わり行く時を
感じようと、外に歩き続けた

秋から冬へ
そして春を迎え
風景は、その時々に
何かを伝えようと
私に向き合ってくれたが

一日の終わりに
悲しいくらいに、静まりかえった
部屋に帰ると
季節の風は
ドアの外を流れるばかりで

心はやはり
今日も、ひとりぼっち

コメント